高専キャリアに捕らわれない"高専クリエイター"
ダルマ Daruma
高専での熱狂、挫折、大学編入、東京での就職、 そしてイラストレーターとしての挑戦へ。
技術者としての視点と、表現することへの情熱が交差していくキャリアストーリー。
イラストレーター
精密機械関連(エンジニア) → イラストレーター
「向いていない」を工夫で越えながら、
技術と感性を自分らしい強みに変えていく
内気で集団行動が苦手だった幼少期から、高専でのラグビー日本一、
大学編入での挫折、大学・大学院での価値観の変化、そして社会人になってからのクリエイティブへの挑戦へ。
苦手なことも観察し、分析し、自分なりのやり方を見つけながら乗り越えてきた
ダルマさんのキャリアを6つの章からたどります。
「向いていない」を、
観察と工夫で乗り越えた少年
ダルマさんは、幼い頃から 絵を描いたり、工作をしたりすることが好きな内気な少年だった。 一方で、集団の中に入ることは苦手で、 特に球技のように相手やボールの動きを瞬間的に予測するスポーツには 強い苦手意識を持っていた。
そんな中で出会ったのが空手だった。 自分の身体を自分の意思で動かし、 型を練習すれば、その積み重ねが結果につながる。 そのシンプルな構造が、ダルマさんの性格に合っていた。
それでも、組み手ではなかなか勝つことができなかった。 そこで、強い選手の動きを観察し、 「どう動いているのか」「なぜそこで技を出すのか」を考えながら、 少しずつ真似していった。
試行錯誤を続けた結果、小学校5年生で 区大会3位を獲得。 この経験から初めて、 「最初は苦手でも、やり方を考えれば攻略できる」 という感覚を掴んだ。
中学では空手を続けることができず、 義務感からバスケットボール部に入ったものの、 なかなか馴染むことができなかった。 一方で、勉強は自分のペースで進めることができた。
そんな中、母から勧められたことで、 初めて「高専」という進路を知ることになる。
苦手なものを避けるのではなく、 観察し、仕組みを理解し、自分なりの攻略法を探すという考え方。
自分の個性が生きる場所で、
初めて本気になれた
高専の自由な雰囲気と、 普通高校とは違う専門的な学びに惹かれ、 ダルマさんは神戸高専へ進学した。
そこで新しく出会ったのがラグビーだった。
中学時代には苦手だった集団スポーツ。 しかしラグビーは、これまで経験してきた球技とは少し違っていた。
一人ひとりに明確な役割があり、 身体能力だけでなく、 相手を観察し、状況を読み、戦略を考える力も重要になる。 相手の隙を探し、どう崩すのかを考える感覚に、 ダルマさんは面白さを感じるようになった。
部活動だけでなく、専門科目にも夢中になっていった。 材料力学や材料工学などの難しい問題も、 「答えを覚える」のではなく、 「どう解けば答えにたどり着けるのかを探すゲーム」 のように感じるようになった。
自分なりの工夫が結果につながり、 仲間にも恵まれたことで、高専生活は一気に充実していった。
そして4年生の冬。 仲間たちとともに挑んだ全国高専ラグビー大会で、 ついに日本一を達成する。
仲間と一緒に努力し、頂点に立つことができた。
それは、幼い頃から集団スポーツを苦手としてきたダルマさんにとって、 これまでにない大きな自信となった。
観察力や戦略性は弱点ではなく、 環境が変われば、自分だけの強みになることを知った。
挫折を経験し、
高専の外の世界へ
高専卒業後の進路として、 ダルマさんは大学編入を目指すようになった。
しかし、高専からの大学編入試験は、 大学ごとに試験科目や出題形式が異なる 「情報戦」でもあった。
過去問を集め、試験形式を分析し、 自分なりに戦略を立てて挑戦した。 それでも、本命としていた大学には合格することができなかった。
さらに、編入試験に集中した後でラグビー部へ戻ると、 以前のような居場所も簡単には戻ってこなかった。
自分が離れていた間にも仲間は成長している。 時間の重みと、自分自身の力不足を突きつけられた。
それでも、仲間の言葉に背中を押され、 再び練習へ向き合った。 一から努力を積み重ね、 最終的にはスタメンを奪い返すことができた。
順調な時に得た自信とは違う。 一度どん底まで落ちても、 もう一度這い上がることができた経験は、 新しい種類の自信になった。
その後、進路について悩む中で、 先生から言われた 「高専は狭い世界だ」という言葉が心に残る。
もっと多様な人や価値観に触れてみたい。 そう考え、岡山大学への進学を決断した。
失敗しても、それで終わりではない。 一度失ったものを、自分の力でもう一度取り戻せるという自信。
多様な世界に触れ、
「技術者だけではない人生」を知る
岡山大学へ進学すると、 高専とは大きく異なる環境が広がっていた。
工学だけを学んできた人ばかりではなく、 文系の学生や、起業を考える人、 イベントを企画する人など、 さまざまな価値観を持つ人たちと出会った。
特に印象に残ったのが、 飲食イベントのボランティアだった。
人が集まり、誰かが企画し、 そこから新しい交流や場が生まれていく。 その過程に面白さを感じ、 「仕事は技術だけではない」という感覚が少しずつ芽生えていった。
一方で、 「本当にこのまま技術者として生きていくのか」 という迷いも大きくなっていった。
すぐに答えを出すことはせず、 もう少し考える時間を持つため大学院へ進学する。
しかし、その頃にコロナ禍が訪れた。 大学での活動や人との交流が一気に減り、 一人で過ごす時間が増えていった。
そんな閉ざされた生活の中で、 ダルマさんはiPadを手に取り、 幼い頃から好きだった「絵を描くこと」を再び始める。
SNSへ作品を投稿すると、 少しずつ反応が返ってきた。 忘れていた楽しさが戻り、 やがて「これを仕事にしたいかもしれない」と考えるようになった。
ただし、いきなりクリエイター一本で生きることには不安もあった。 そこで、まずはエンジニアとして働きながら、 東京で新しい可能性を広げるという戦略を選択。
勤務地や配属の可能性まで分析し、 精密機器メーカーへの就職を決断した。
「工学を学んだから技術者になる」だけではなく、 自分の好きなことや得意なことも、仕事につなげられるかもしれない と考え始めた。
理想と現実のズレから、
「一円を稼ぐ」挑戦へ
東京でエンジニアとしての社会人生活が始まった。
職場環境には恵まれていた。 大きな不満があるわけでもない。 それでも、どこか心の中には 「何かが足りない」という感覚が残っていた。
仕事から帰るとイラストを描き、 SNSへ投稿する生活を続けた。
しかし、思うように数字は伸びない。 次第に、「自分が何を描きたいか」よりも、 「どうすればSNSで伸びるのか」を考えるようになっていった。
そこで一つの目標を決める。
「自分のやりたいことで、一円でも稼いでみる」
数あるSNSの中からTikTokを選び、 毎日のように投稿を続けた。
最初はほとんど結果が出なかった。 それでも動画の構成や見せ方、 投稿内容を分析し、改善を繰り返した。
そして、一本の動画が 20万再生を突破。 フォロワー数も 5,000人まで増えていった。
数字だけを見れば、挑戦は成功したように見えた。 しかし、その先には新しい問題が待っていた。
「次も伸ばさなければ」 「数字を落としたくない」
気づけば、好きだったはずの創作が 数字に追われるものになっていた。
数字が伸びることと、 自分が納得してものづくりを続けられることは、必ずしも同じではない。
技術と感性を掛け合わせ、
自分だけの価値へ
SNSで一定の結果を出しても、 ダルマさんの中にあった違和感は消えなかった。
そこで次に選んだのが、 Webデザインスクールで学ぶことだった。
そこで出会ったクリエイターやデザイナーたちとの会話を通して、 意外なことに気づく。
自分では普通だと思っていた 「高専卒」「エンジニア」「技術を理解できる」 というバックグラウンドが、 クリエイティブの世界ではむしろ珍しい強みとして見られていた。
それまでのダルマさんは、 「技術」と「絵やデザイン」を別々のものとして考えていた。
しかし、本当はどちらか一つを選ぶ必要はなかった。
技術と感性を掛け合わせることこそ、 自分にしかない価値なのかもしれない。
現在はエンジニアとして働きながら、 イラストやWebデザインの学びも続けている。
SNSの数字や大きな目標だけに追われるのではなく、 学ぶことや作ることそのものを楽しみながら、 自分にしかできないものづくりを模索している。
幼い頃に好きだった絵。 高専で身につけた工学。 ラグビーで培った観察力と戦略性。 大学で出会った多様な価値観。 社会人になって挑戦したSNS。
遠回りに見えた経験が少しずつつながり、 ようやく自分自身が納得できる形が見え始めている。
「向いていない」と感じたことも、
遠回りした経験も、すべて無駄ではなかった。
自分なりに観察し、考え、組み合わせることで、
それは自分だけの強みに変わっていく。
技術か、クリエイティブか。
どちらかを選ぶのではなく、その両方を自分らしくつなげていく。
ダルマさんは今も、自分にしかできないものづくりを探し続けています。
同じようにキャリアの
分岐点に立っている方へ
高専卒のキャリアは一つではありません。
迷いながら選び直した先に、新しい挑戦が始まることもあります。