No.004 ミジュマル 短編

PROFILE No.004 ミジュマル
20代 / 高専卒の物語

プログラミングが嫌でも大手電子機器企業に就職

プロフィール No.005

ミジュマル mijumaru

神戸高専・電子工学科から電子機器メーカーへ。
負けず嫌いと「考えること」を武器に、自分らしいエンジニアの道を歩むキャリアストーリー。

ニックネーム
ミジュマル
年齢
20代
性別
男性
出身校
神戸高専(電子工学科)
現在の職業
電子機器メーカー・エンジニア
経歴
神戸高専(電子工学科) → 電子機器メーカー → 社内で部署異動 → システム設計・運用を担うエンジニア
自己紹介
幼い頃からスポーツやゲームが好きで、「やるからには負けたくない」という気持ちを原動力に、興味を持ったことにはとことん取り組んできました。ゲームを作る仕事への憧れをきっかけに中学1年生で高専を知り、神戸高専・電子工学科へ進学。高専では思い描いていたプログラミング中心の学びとのギャップに悩みながらも、卓球に熱中し、相手を分析して戦術を組み立てる「考える楽しさ」を身につけました。卒業後は電子機器メーカーへ就職し、高専で苦労して学んだ知識や卒業研究の経験が仕事の武器になることを実感。社会人3年目には部署異動を経験し、現在は小規模なシステムを設計から運用まで幅広く担当しています。高専進学、部活動、就職、エンジニアとしての働き方など、自分自身の経験をもとに率直にお話しします。
CAREER STORY No.004 ミジュマル Mijumaru

最初に描いた夢とは違っても、
積み重ねた力は、次の道につながっていく

ゲーム開発への憧れから高専へ進学し、卓球、卒業研究、就職、 そして社会人としての部署異動を経験してきたミジュマルさん。
その歩みを振り返ると、ずっと変わらず残っているのは、 「負けたくない」「できないなら方法を考える」という姿勢でした。 6つの章から、そのキャリアの流れをたどります。

CAREER FLOW
ゲームへの興味 神戸高専・電子工学科 卓球・高専大会 ロボット制御の卒業研究 電子機器メーカー システム開発 部署異動 幅広い設計・運用へ
01 幼少期〜中学
原点

負けたくない気持ちが、
自分で道を切り拓く力になった

幼い頃から体を動かすことが好きだったミジュマルさんは、 水泳、フットサル、バレーボール、バスケットボール、卓球など、 興味を持ったことにはまず挑戦する少年だった。

その根底にあったのが、 強い「負けず嫌い」だった。 スポーツでも勉強でもゲームでも、 負ければ悔しい。 できないことがあれば、できるようになるまで試したくなる。

その性格は、中学で本格的に始めた卓球でも発揮された。 部員が多く、十分に練習できないと分かると、 先生に掛け合い、空き教室を借りて自分で練習場所を確保した。

与えられた環境に不満を言うのではなく、 目的を達成するために、環境そのものを変える。 この姿勢は、後のエンジニア人生にもつながっていく。

一方、ゲームについても、 ただ遊ぶだけではなく 「これはどうやって動いているんだろう」と 仕組みに興味を持つようになった。

「いつか自分でゲームを作ってみたい」。 そんな思いから、父に教えてもらった 「高専」という進路に興味を持ち、 神戸高専・電子工学科を目指すことを決めた。

この時期のキーワード

できないなら諦めるのではなく、 できる方法を自分で考え、環境まで変えていく。

02 高専
理想と現実

ゲーム開発への憧れと、
想像していた世界とのギャップ

13歳頃には神戸高専への進学を決意。 塾には通わず、通信教育などを活用しながら、 自分のペースで受験勉強を続けた。

卓球ではレギュラーやキャプテンを経験し、 学級委員長なども務めながら、 推薦入試で 神戸高専・電子工学科への合格をつかんだ。

「ここでプログラミングを学んで、 自分でゲームを作れるようになる」。 そんな期待を抱いて始まった高専生活。

しかし、実際に待っていたのは、 電気回路、半導体、複素数、実験など、 基礎を一つずつ積み重ねる世界だった。

プログラミングも、 思い描いていたほど簡単ではなかった。 思うように理解できない日々が続く中で、 次第に 「自分はゲームを作る側ではなかったのではないか」 と迷うようになる。

勉強へのモチベーションが落ちる一方で、 支えになったのが卓球だった。 自分の体格や得意・不得意を分析し、 相手を観察して戦術を組み立てる。

卓球は、相手を分析しながら攻略していくゲームのようだった。

振り返れば、高専で身につけていたのは 専門知識だけではなかった。 「分析し、試し、改善しながら答えを探す力」 が、少しずつ磨かれていった。

高専で磨かれた力

正解を待つのではなく、 自分で考え、試しながら答えへ近づいていく力。

03 高専後半〜卒業研究
挑戦

全国を目指した卓球と、
誰も答えを知らない研究へ

高専生活の中で、 大きな目標の一つになったのが 年に一度の高専大会だった。

地区大会を勝ち上がれば全国大会へ進める。 その特別な舞台は、 ミジュマルさんが卓球に打ち込む大きな原動力になっていた。

一方、進路については少しずつ考え方が変わっていく。 入学当初は進学も意識していたものの、 次第に卒業後は就職する方向へ気持ちが傾いていった。

それでも 「高専で学んできたことを無駄にはしたくない」 という思いがあり、 プログラミングに関われる仕事を探すようになる。

そして卒業研究では、 「プログラミングでロボットを操作する」 という、それまで先輩が取り組んでいなかったテーマを選んだ。

参考にできるデータも少なく、 正解を教えてくれる人もいない。 プログラムを書いてもロボットは思い通りには動かない。

答えが、ない。

それでも、一つずつ原因を探し、 プログラムを修正し、また試す。

卓球で培ってきた 「相手を分析して、戦い方を変える」という感覚と同じように、 研究でも分析と改善を繰り返した。

当時は苦しい経験だったが、 誰も答えを知らない問題に向き合ったこの時間が、 社会人になってから大きな意味を持つことになる。

後につながった経験

「答えがない状況でも、自分で仮説を立てて進める力」 が、卒業研究を通して身についていった。

04 インターン〜就職
進路選択

会社の名前ではなく、
「自分に合う環境」を選んだ

高専4年生になると、 就職を意識したインターンシップが始まった。

ミジュマルさんが選んだのは、 自分の専門を活かすことができ、 さらに高専大会とも日程が重ならない 電子機器メーカーだった。

コロナ禍だったため、 5日間のインターンはオンライン開催。 実際の職場を見ることはできなかったものの、 社員の雰囲気や仕事の進め方、 福利厚生などについて知る機会になった。

そこで少しずつ、 「ここなら自分を活かせるかもしれない」 という感覚を持つようになる。

その後は学校推薦を目指して準備を進め、 5年生の4月には採用面接へ。

先生との模擬面接を何度も繰り返し、 「自分の強みをどう伝えれば相手に伝わるのか」を分析した。 その結果、4月末には内々定を獲得した。

選んだ基準は、 有名な会社かどうかでも、 華やかな仕事かどうかでもなかった。

「自分の専門を活かせるか」
「自分が無理なく働ける環境か」

自分自身を分析し、 自分に合う環境を考えて進路を決めたことも、 ミジュマルさんらしい選択だった。

進路選びの軸

周囲の評価ではなく、 「自分が力を発揮できる環境かどうか」を基準に考えた。

05 社会人
再発見

高専時代に苦しんだことが、
仕事では「武器」になった

入社後の研修では、 高専卒だけでなく大学卒、大学院卒の同期たちと 一緒に学ぶことになった。

最初は 「大学や大学院で長く勉強してきた人には敵わないかもしれない」 という不安もあった。

しかし、研修が進むにつれて、 その感覚は少しずつ変わっていく。

専門知識、計算の考え方、回路の基礎。 高専時代には苦しみながら学んでいた内容が、 社会人になると驚くほど仕事に直結していた。

さらに、実験や卒業研究を通して身につけた 「自分で考えて問題を解く力」も、 実務の中で生きていた。

「高専でやってきたことは、無駄ではなかった」

学生時代には、 なぜこんなことを学ぶのか分からなかった。 苦しくて、意味を見いだせなかったことも多かった。

それでも社会人になったことで、 初めて高専で過ごした5年間を 肯定できるようになった。

一方で、配属後は 大きなシステムの一部分を担当する 反復性の高い業務が中心となった。

仕事に慣れていくほど、 今度は 「もう少し自分で考えながら仕事をしたい」 という新しい違和感も生まれ始める。

社会人になって分かったこと

高専で苦労して身につけた基礎や問題解決力は、 実務の中でこそ価値を発揮する力だった。

06 現在
現在地

転職ではなく環境を変え、
自分に合うエンジニア像へ

社会人3年目。 仕事そのものには慣れた一方で、 繰り返しの多い業務に少しずつ物足りなさを感じるようになった。

周囲では、同期が転職していく。 そんな姿を見ながら、 「自分も会社を変えた方がいいのだろうか」 と考えることもあった。

そんなタイミングで訪れたのが、 部署異動だった。

新しい部署では、 以前より小規模なシステムを扱う代わりに、 設計から運用まで幅広く任されるようになった。

予想していなかったトラブルが発生すれば、 自分で原因を考え、 解決策を組み立てなければならない。

そこで再び生きてきたのが、 卓球で培った分析力や、 誰も答えを知らない卒業研究をやり切った経験だった。

自分で考え、自分の手でシステムを動かしていく。

かつて夢見ていた 「ゲーム開発者」とは違う道を歩んでいる。

それでも現在は、 自分で考えながら仕組みをつくり、 システムを動かしていく仕事に 面白さを感じられるようになった。

そして、ミジュマルさんの経験から見えてくるのは、 「今の仕事が合わない=すぐに転職」だけが答えではない ということでもある。

同じ会社の中でも、 部署や役割が変われば仕事の中身は大きく変わる。 環境を変えることで、 自分に合った仕事と出会える場合もある。

MIJUMARU'S CURRENT STORY

最初に思い描いた夢と、
違う場所にたどり着いたとしても、
これまで身につけた力は無駄にはならない。

「負けたくない」「できないなら方法を考える」。
幼い頃から変わらないその姿勢は、
今もエンジニアとしての仕事につながっています。

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